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日本を応援してくれる最強の論客であると同時に、日本の悪い面についての呵責なき批判者

ぼくがアメリカ人をやめたワケ

『ぼくがアメリカ人をやめたワケ』(集英社インターナショナル)著者:ロジャー・パルバース

日本文化への深い愛

アメリカに根をおろしたユダヤ系の両親のもとに生まれ、何一つ不自由なく育ち、抜群に頭がよく健康で、女の子にもさぞ持てたに違いない陽気な若者がいた。カリフォルニア大学、ハーバード大学大学院、と学歴も超一流。ところが彼は、ベトナム戦争が本格化し激しさを増していくと、アメリカという「歴史上最も偉大な国」の独善性に違和感を抱き、母国を離れ、広い世界を見る旅に出た。そうして一九六七年にたまたまやってきた日本と奇跡のような運命の出会いが生じた。

本書はその若者がなぜ「アメリカ人をやめた」のかを軸に書き綴られた自伝である。来日後の著者の多方面での活躍ぶりはよく知られている通りだ。稀に見る語学の天才であるパルバース氏は母語の英語の他、ロシア語とポーランド語に堪能で、日本語も短期間でマスターし、大学で教鞭を執るかたわら、日本語と英語の両方で小説、戯曲、エッセイなどを精力的に書き続け、大島渚の映画「戦場のメリークリスマス」では助監督をつとめ、後には自分自身の小説に基づいた映画「STAR SAND―星砂物語」を製作した。宮沢賢治、石川啄木に心酔し、それぞれの作品の本質を読み解いた素晴らしい英訳も刊行している。

話題は当然いくつもの国と文化にわたる。日本に来る前に滞在したことがあるソ連やポーランドの文化について蘊蓄が傾けられるかと思えば、後に市民権をとって永住することになるオーストラリアの文化のあり方についても論が及ぶ。ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダとは特別な縁があり、監督は京都の町を案内してくれたアメリカの若者(つまりパルバース氏)が、ポーランドの言語と文化を「とてもよく理解してい」ることに驚嘆する。また、本書では詳しくは触れられていないが、著者のロシア文学への造詣の深さも並々ならぬものがあり、私自身二、三年前、著者と会って一杯やる機会があったときは、一晩中ロシア詩の素晴らしさについて語り合ったのだった。

とはいえ、本書の中心となるのは、やはり日本の文化と文学である。「妄信的愛国主義」がはびこる時代に逆らって、すべてのものが時間と空間を超えて結びついている宇宙を夢想した賢治。「完璧にカットされた(中略)切り口から幾筋もの輝かしい光を放つダイヤモンドのような透明感」がある短歌によって、鋭敏な時代の記録者となった啄木。そして著者が実際に出会い影響を受けた素晴らしい日本人たち――井上ひさし、大島渚、坂本龍一のような著名人から市井の庶民まで。こういった人たちに代表される「日本の姿を見て、日本は自分にとって生涯の母国だと感じました」と、著者は言う。

こう紹介すると、最近目立ってきた「日本すごいですネ!」「外国人は日本がこんなに好き!」といった類の国粋主義的日本礼賛に連なるものと誤解される恐れがあるので、最後に強調しておくが、パルバース氏は日本を応援してくれる最強の論客であると同時に、日本の悪い面についての呵責なき批判者でもある。日本が「組織ぐるみの無責任」と忖度にむしばまれて道徳的にも、経済的、社会的にも衰退しつつあると指摘する彼の言葉は、日本文化への深い理解と愛に裏打ちされているだけに、ずっしり重く響く。

【書き手】
沼野 充義
1954年東京生まれ。東京大学卒、ハーバード大学スラヴ語学文学科に学ぶ。2020年7月現在、名古屋外国語大副学長。2002年、『徹夜の塊 亡命文学論』(作品社)でサントリー学芸賞、2004年、『ユートピア文学論』(作品社)で読売文学賞評論・伝記賞を受賞。著書に『屋根の上のバイリンガル』(白水社)、『ユートピアへの手紙』(河出書房新社)、訳書に『賜物』(河出書房新社)、『ナボコフ全短篇』(共訳、作品社)、スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会)、シンボルスカ『終わりと始まり』(未知谷)など。

【初出メディア】
毎日新聞 2021年1月23日

【書誌情報】

ぼくがアメリカ人をやめたワケ

著者:ロジャー・パルバース
翻訳:大沢 章子
出版社:集英社インターナショナル
装丁:ハードカバー(320ページ)
発売日:2020-11-26
ISBN-10:4797673931
ISBN-13:978-4797673937

ぼくがアメリカ人をやめたワケ / ロジャー・パルバース

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