『鮨さいとう』齋藤孝司が語る、“鮨屋”の未来へ向けたストーリー



——若手の活躍の場として、この10年の間に『鮨さいとう』の隣、中目黒ではLDHとタッグを組んで『鮨つぼみ』と『3110NZ by LDH Kitchen』をプロデュース、海外では香港、バンコクのフォーシーズンズホテル内に『鮨さいとう』、韓国人の弟子キム・ジュヨンのためにソウルに『十四(じゅよん)』を、そして今年、麻布台ヒルズのマーケット内に『鮨さいとう』と多彩な展開をされていますが、いずれも予約至難店となっていますね。『鮨さいとう』の味を守り、価値を下げずにブランドを広げるためにどのようなことを心がけていらっしゃるのでしょう?

いい店づくりの基本は「清潔感」と「あいさつ」

齋藤 ミシュランの1つ星を獲得した2007年から、出店の依頼をいただくようになりましたが、出店のために新しく職人を募集するというようなことはしていません。つけ場に立ってお客様とちゃんとコミュニケーションを取りながら鮨を握れる職人が育ったタイミングでしか出店の話は受けていません。

仕込みはどんな子でも2年頑張ればできるようになります。しかしながら付け場に立ってお客様とコミュニケーションを取りながらおつまみを出したり握ったりする際には、自分でその間合いを考え、自分の身体で覚えていかないといけません。仕込みは教えられますが、つけ場での立ち居振る舞いは見よう見まねから始まり、場数を踏んで自分で自分のスタイルを模索していくしかないのです。私が教えることができるのは、本当にシンプルなことですが、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」「すみません」などはっきりとした声で挨拶や受け答えができる習慣づけをするということだけ。入社した時から口うるさくきっちり指導しています。清潔感とお客様が元気になる“良い気が流れる空間”。それが店作りで何よりも大切なことだと考えているからです。

握りはその職人だけのもの。私のコピーをする店ではなく、個性が花開く場所を作ってあげたい

斎藤孝司|Takashi Saito 1972年、千葉県生まれ。高校卒業後、銀座の有名鮨店で修業を積む。2000年『鮨かねさか』に入店。2004年に『鮨かねさか』赤坂店を任され、2007年に同じ店舗を『鮨さいとう』に改名して独立。すぐにミシュラン1つ星を獲得。2008年2つ星、2009年3つ星に。以後10年3つ星を維持したが2019年に星を返上した。2018年『フォーシーズンズホテル香港』に出店したのを皮切りに、『鮨さいとう』やプロデュース店など現在までに7店舗を展開。今後も弟子たちの活躍の場を広げる予定あり。

齋藤 ここ数年出店のスピードが加速してきたのは、仕込みの実力だけでなく人前に立って鮨が握れるコミュニケーション力を身につけた中堅が増えてきたからです。中堅が増えることで私が細かく言わなくても彼らが若手を指導してくれる、ということで新しく人を雇うことができるという相乗効果もあってスタッフが充実してきました。独立して17年になりますが、ここ数年、やっと安定してきたと感じています。

中堅の職人たちにいつまでも仕込みやサービスだけさせておいては煮詰まってしまいます。そこで、実践の場として新しい店の店主にします。シャリの味、つまり米の水分量や酢の配合、煮切りやツメの味などは基本的には同じ、魚を仕入れる店も同じです。それでも、私と同じ握りになるかといったら、決して同じにはなりません。

カウンターは晒(さら)しの商売と言われていますが、自分自身をさらけ出して勝負する場所で、握りはその人そのもの。いかに自分らしくお客様をもてなすか……。その雰囲気により同じシャリ、同じネタでもお客様の感じ方は変わってくると思うのです。ですから、社内独立と捉え、「自分の好きにしたらいい」と伝え、敢えて口出しはしません。付け場に立つ職人を育てたり鍛えたりするのは私ではなく、お客様。私は彼らが立つ舞台を用意するだけでいいと思っています。

『さいとう』の味をもっと多くの人に届けたい。子供たちにも楽しんでほしい

——麻布台ヒルズでは、レストラン街ではなくマーケットの中に出店されましたが、予約しないで入れる席もあるとのこと。今までとは違う展開を考えていらっしゃるのでしょうか?

齋藤 若手活躍の場所ということは基本的には変わらないのですが、席数は他の店より少し多くして10席に。職人がふたり立てるようにしています。マーケットに開いたのは、買い物の合間にふらっと入って握りだけサクッと楽しめる、というような店にしたいと思ったからです。

もともと、麻布台ヒルズマーケットの店は、『やま幸』さん、『根津松本』さんと一緒になって「日本を代表するワクワクする魚売り場を作っていこう」ということで始まりました。なので、今後人手が充実してきたら、色々チャレンジしていきたいと考えていて、例えば、マーケット内に巻き寿司のテイクアウトの売り場も作りたいと考えています。実は、2年ほど前から『さいとう』仕様の巻き寿司ロボットを開発中なんです。シャリの量や巻く時の力加減など精密に再現できるので、私が巻くよりも上手いし、私よりも巻くのが早い、かつロボットだから疲れない(笑)。具はオーソドックスなものから、海老フライや焼き肉など、子供が好きな具も巻いてみたいですね。好きな具をいくつか選んでロボットに巻いてもらうとか、子供もワクワクするような『鮨さいとう』の“ロール鮨”、やってみたいと思っているんです。

いずれにしても今はまだスタートしたばかりなので、店主の滝本もお客様の前で握るコースの流れやつまみメニューを考えることで、いっぱいいっぱいなのではないかと。今後、慣れてきたらマーケットに出店した意味をもっと追及して、『さいとう』の味を知らない人にも気軽に楽しんでもらえるような、いろいろなアイデアを出してくれると思います。長い目で『鮨さいとう』と麻布台ヒルズの成長を見守りつつ、変化も楽しんでいただけたらと願っています。

今年3月に上梓した斎藤孝司氏はじめての著書。齋藤氏が鮨職人として、店主として、そして、ひとりの人間として日々考えてきたこと、実践してきたことなど胸の内もつぶさに記録。鍛錬の積み重ねがいかに大切か、「生き方」を教えてくれる一冊。

注目の最新店舗、麻布台ヒルズ『鮨さいとう』の新たな試みとは?

夜のコースの最初に出される前菜の3種盛り。空豆、もずく酢、鰹の酒盗(内容は月替わり)

麻布台ヒルズ店を任されたのは、大阪・北新地の『さえ㐂』を経て『鮨さいとう』に入社し、6年目になる滝本純也氏。緊張極まりない日々が続いているそうだが、ゲストの様子を見ながらこの店ならではのもてなしのスタイルを真剣に模索している。最初に出される前菜は、『さいとう』グループ初の試みとなる盛り合わせスタイル。「入口が意外に目立たないので迷われるお客様も多く、入店時間にずれがあるので一斉スタートには無理があることがわかりました。だったら時間調整できるものを出すのがいいんじゃなかと大将からのアドバイスもあって、お酒のあてになるような季節の前菜を盛り合わせで出すことにしました」。客が揃ったら、温かいつまみを1品ずつ3品ほど提供してから握りに入る。

江戸前寿司の花形、鮪は部位違いで3カン。仕入れるのは豊洲の仲卸『やま幸』。「大将の店とは価格帯が違うため、選ぶ鮪も違いますが、極めて味や質感は似ていると思います」と滝本氏。『やま幸』もマーケットに出店、しかも『鮨さいとう』に隣接していることもあり、ゲストの鮪への期待も大きいので、その期待を裏切らないものを、と入念に選んでいるそうだ。もちろん、他のネタにも、新たな創意工夫が随所に垣間見える。若き店主の今後に、楽しみは尽きない。

『鮨さいとう』の握りスタイルを踏襲し、コースの中盤で鮪の赤身、中トロ、大トロの順に3カンを続けて楽しませてくれる。

車海老と金目鯛。温かい状態で握る茹で海老も『鮨さいとう』ならでは。茹でた車海老の殻をゲストの目の前で剥き、ほんのり人肌のタイミングで握るのが『さいとう』流。「海老の香り、甘みのベストタイミングを逃さず握るように心がけています」と滝本氏。定番中の定番だけに気を遣うという。昆布〆にして味に深みを持たせる金目鯛は、滝本氏が『鮨さいとう』で一番最初に仕込みを任された思い入れの強い魚。「初心を忘れない」ということを日々自分に言い聞かせるため大切にしている魂の1カンだ。

毛蟹とフカヒレのあんかけごはん。「大将は、蟹は酢の物でしか出しませんが、同じことをやっていてもつまらないと思い、思い切ってあんかけにしました。とはいえ蟹のあんかけは誰でもやっているので、フカヒレもプラス。酢飯の酸味でさっぱり食べていただけます」と滝本氏。挑戦的な一品だ。

コースの最後、卵焼きをプリン仕立てで。滝本氏の工夫が光る一品。『鮨さいとう』の卵焼きは毎朝炭火で焼いているが、それを人手の少ない麻布台ヒルズ店でやるのは無理があると考え、仕込みの時間ではなく、営業時間に厨房で調理し、蒸し立てのプリン仕立てで提供。「卵液は『鮨さいとう』とまったく一緒ですが、プリン仕立てにしたのでキャラメルソース代わりに和三盆、上白糖、牛乳で作ったソースを表面に少量流しています」と滝本氏。『鮨さいとう』の味の流れは守りつつ、最後に温かい卵のデザートでコースの終わりを告げる。心地良い余韻の幕引きとなっている。

『鮨さいとう』の握りを踏襲しつつ、つまみで個性を探求——麻布台ヒルズ『鮨さいとう』店主 滝本純也

1993年、滋賀県生まれ。辻調理師専門学校を卒業後、大阪・北新地『さえ㐂』で修業したのち2018年に現代の江戸前とは何かを学びたいと、日本最高峰の『鮨さいとう』の門を叩いた。齋藤氏の裏方として経験を積んだのち、系列店の『鮨つぼみ』の個室を1年半任されたのち、麻布台『鮨さいとう』の店主に抜擢。

「マーケット内にある店なので、買い物ついでに寄っていただけたらという思いもあり、昼は予約をしていなくても座れる席を4席設けています。握りは、定番から季節のネタまでほぼ大将の店と同じですが、『さいとう』グループの中で最も大将の店に近いため、顧客の方も来てくださいます。そうなると、つまみまで同じだと面白みがないのではと思い、大将が使わないような食材や調理法も取り入れて遊びを入れるようにしています。鮨ネタも、隣が『やま幸』さんなので、今後は『やま幸』さんともっとリンクするようなネタも取り入れていきたいと思っています。また、『やま幸』さんが鮪の解体ショーをやられたあと、ポップアップコーナーで握らせてもらうなど、マーケットにあるお店との掛け算でさらに活気が生まれるような課外活動も積極的に提案していきたいと考えています」(店主 滝本)

鮨さいとう

 住所=東京都港区麻布台1-2-4 麻布台ヒルズ ガーデンプラザ C B1 麻布台ヒルズ マーケット 電話=03-6441-0902 営業時間=昼12:00〜、13:30〜の2部制/夜18:00〜(一斉スタート) 定休日=日・祝 料金=昼¥16,500、夜¥33,000 ※予約は「OMAKASE」より(毎月1日に翌々月の1カ月分の席を開放) ※各種クレジットカード利用可

※2024年6月現在の情報です。
※表示価格は全て税込価格です。

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