焼酎1日2~3本飲んだら腹水でお腹パンパン…ブル中野、アルコール依存から “帰還” して「いま思うこと」

現役時代のような青いメイクで授賞式に登場したブル(写真・REX/アフロ)

 

 ドジャースの大谷翔平の元通訳、水原一平被告による違法賭博問題をきっかけに、さまざまな依存症が注目を集めている。

 

「リングに入って過ごした時間、私は生きていると感じました。それは、夢のようでした」

 

 4月6日(日本時間)、ブル中野は、スタンディングオベーションを浴びていた。世界最大のプロレス団体・WWEに、日本人女性として初めて殿堂入りし、流暢な英語でスピーチをおこなったのだ。

 

 

 しかし、4年前のブルは、病院のベッドの上にいた。

 

「2020年に、アルコール性肝硬変で2カ月間、緊急入院をしました。診断こそされていませんが、間違いなくアルコール依存症だったのでしょうね。それまでも、周囲から幾度となく入院をすすめられていましたが、お酒が飲めなくなるのがイヤだったんです」

 

 入院前の数年間、すでに体はギリギリの状態だった。

 

「現役のときは酒、タバコ、男は禁止だったんですが、750mlの焼酎を一日に3本も飲んでいました。1997年に現役を引退してからも、毎日2本は飲んでいて、2011年にバーを始めてからは、かなり太った時期もありました」

 

 現役時代に無理に体重を増やしたため、引退後は過度なダイエットを繰り返した。だがこのころ、体重は95kgから落ちなくなっていた。

 

「膝や腰に痛みがあり、歩くのが大変だった時期に、減量のために胃の90%を切除しました。100ml、ささみ一本くらいのサイズまで小さくし、肉や魚などの固形物が食べられるようになるまで、術後半年くらいかかりました。

 

 それでも食べることはつらくて、お酒を飲んでみたらすごくラクになったんです。それからは、お酒でカロリーを摂るようになってしまいました」

 

 ろくに食べずに酒だけを飲む日々が続き、家では寝て過ごす時間が多くなった。

 

「慢性的に体がだるく、肌が乾燥して痒かったですね。足裏に刺さった棘を抜くと、翌日まで血が止まらなくなったこともありました」

 

 肝機能が低下すると、血小板など血液凝固のための物質が減少し、血が止まりにくくなる。肝硬変が進んだ典型的な症状だった。

 

「そのころには腹水が溜まって、ゴムのスカートを穿いてお腹の膨らみをごまかしていました。ある日、着替えているときに夫にお腹を見られて、事情を話すとすぐに病院へ連れて行かれました」

 

 アルコール性肝硬変と診断されたが、悪いところは肝臓だけではなかった。

 

「検査で、大腸にポリープが56個もあり、そのうち3つはがんになる可能性があることがわかりました。手術でポリープを取ったところから出血が止まらず、術後10日間は輸血と点滴で過ごしました」

 

 ブルは、過去にダイエットをしたときには酒をやめていたため、いつでも自分の意思でやめられると思っていた。だが、入院してようやく禁酒することができた。

 

「今では、飲みたいと思うことはありません。以前は、『ありがとう』とか『ごめんね』という言葉は酔った勢いでしか口にできなかったのですが、今はお酒の力を借りなくても言えるようになったし、そのほうが言葉の重みが違うとわかりました」

 

 治療を乗り越えたことで気持ちの変化もあった。

 

「あきらめずに支えてくれた家族や仲間、医師や病院の方に感謝しているし、裏切っちゃいけないと思います。今は、お酒で自分をごまかさなくても生きていけるという自信があります。WWE殿堂入りに恥じる生き方はできないと感じています」

 

 自信にあふれる幸福な人生を取り戻したブルに、スタンディングオベーションだ。

 

●専門医に聞く依存症からの回復

 

 高知東生の主治医を務めた依存症治療の専門家、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師に聞いた。

 

 

 依存症の背景には、本人が気づいていない “心の痛み” があります。それは、「自分は無価値だ」「誰からも必要とされていない」「消えたい」という、虚無感や孤独感です。

 

 そんな痛みから意識を逸らすために、あたかも誰かに強いられるかのように、やめられない、止められない行為がエスカレートしていきます。

 

 その結果、他人には言えない “秘密” を抱え込んで、ますます孤独に陥り、対象への依存を深めていくのです。

 

 依存症は、完治することはありませんが、回復することはできる病気です。回復までは、七転び八起きのプロセスです。再発や失敗は、回復に不可欠な要素といってもいい。それには、安心して失敗を話せる支援者と、非難されない安全な場所が欠かせません。まずは、依存症専門医や、自助グループにつながることが必要なのです。

 

取材/文・吉澤恵理(医療ジャーナリスト)

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