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『鬼滅の刃』が大ヒットしたのは、超重要人物が次々と死ぬからだ

なぜ『鬼滅の刃』は大ヒットしたのか。精神科医の樺沢紫苑氏は「物語の中では、超重要な人物たちが容赦なく死んでいく。その『断ち切る』力が、現代において渇望されていたのではないか」という――。(後編/全2回)

※本稿は、樺沢紫苑『父滅の刃 消えた父親はどこへ』(みらいパブリッシング)の一部を再編集したものです。

般若の面

写真=iStock.com/shirosuna-m
※写真はイメージです

「柱合会議」における父性と母性

前回の記事で見たように、父性と母性のバランスという描写は、『鬼滅の刃』に何度も登場します。それを詳しく説明するだけで一冊の本になるくらいです。その中でも、父性と母性に関する、非常に重要なエピソード「柱合会議」についてみておきましょう。
鬼殺隊は、軍隊と同じように階級制度があります。その階級の一番上位に存在するのが「柱」であり、鬼殺隊には柱は9人しかいません。

鬼(=禰豆子(ねずこ))を連れていた炭治郎(たんじろう)と、鬼(禰豆子)殺しを妨害した冨岡義勇(ぎゆう)。2人は、隊律違反の疑いで、鬼殺隊の裁判所ともいえる「柱合会議」にかけられるのです。

冨岡を除く8人の柱。そのほとんどは、「裁判の必要などないだろう! 鬼もろとも斬首する!」(炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう))、「生まれて来たこと自体が可哀想だ。殺してやろう」(岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい))と、冨岡と炭治郎は明らかに有罪。鬼となった禰豆子は、今すぐ殺すべきという厳しい主張をします。

そんな中、ポジティブな雰囲気を放つ人物が一人だけいます。それは、恋柱、甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)です。彼女は柱が発言するごとに、「可愛い」「素敵だわ」「カッコイイわ」とキュンキュンしています。

炭治郎が有罪となれば鬼殺隊からは追放か、禰豆子も殺されるという緊迫した状況の中、甘露寺の心の中の発言は、明らかに場違い。「柱合会議」といえば、極めて厳粛に進められるイメージですが、『鬼滅の刃』の中でも最も笑える場面の一つになっています。

剛柔一体の理想を体現する存在

「裁く」「切り捨てる」は父性、「護る」「包み込む」「白黒をつけない」は母性です。冨岡と炭治郎を有罪にして禰豆子を殺せという「父性的」な処遇を望む柱たちに対して、唯一、母性的な態度でのぞみ、柔らかい空気感を出していたのが、甘露寺の存在感だったわけです。

ピンク色の髪を持つ甘露寺は、『鬼滅の刃』の中では異例な萌え系キャラ。しかし、華奢に見える甘露寺の肉体は、筋肉密度が常人の8倍という特殊体質で、その力の強さは柱の中でもトップクラス。また、女性特有のバネと柔軟な体を持ち、その肉体から繰り出される技は、音柱の宇髄(うずい)よりも速いという。さらに、食欲ももの凄く、力士3人よりも食べるというから凄まじい。

黒い背景に光る日本刀

写真=iStock.com/Nastasic
※写真はイメージです

一見、萌え系の可愛らしいキャラに見える甘露寺は、剛柔一体の理想を体現し、また女性的な魅力と圧倒的な強さの両方を備え持つ、父性、母性のバランスのとれたキャラクターと言えるのです。

そこに初めて登場する鬼殺隊のトップ、産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)。隊士たちを「私の子供達」と呼ぶ産屋敷は、愛情あふれる人格者として柱や隊士たちからの絶大な信頼を集める。やはり、父性、母性のバランスのとれた人物として登場し、殺伐とした柱合会議を丸く収めるのでした。

4年3カ月でスパッと連載終了

2020年5月、『鬼滅の刃』は最終回を迎え、連載終了となりました。たった4年3カ月で、切れ味良く、スパッと終了しました。作品に人気が出ると出版社がやめさせてくれないのが世の常。何年も延長して、延長して、間延びした作品になる場合も少なくありません。『ONE PIECE』を超える人気作が、当初の構想通りわずか23巻で完結してしまうのは凄いことです。

注目すべきは、作者の吾峠(ごとうげ)呼世晴(こよはる)先生が「女性」であるという点です。今回の連載終了にあたって、編集部から強烈な連載継続の依頼を受けたはずですが、そこに迎合せずに初心を貫徹したのは、本人が「断ち切る」力を持っていた証拠です。

作者に感じる「父性」と「母性」のバランス

スパッと「断ち切る」力は、まさしく父性です。そして、『鬼滅の刃』の大きな特徴である、超重要な人物たちが容赦なく死んでいくという展開。重要なキャラクターが、これだけ短い巻数の中で、次々と亡くなっていく展開は、過去のコミックス史上を振り返っても、なかなかないと思います。

吾峠先生がどのような方なのか、人物像についてはほとんど公表されていませんが、男性作家でもそうそうできない主要人物をバッサリ殺し、予定通りの巻数で完結させる思いきりのよさ。そこに強烈な「父性」を感じるとともに、炭治郎やその他の人物が持つ根源的な「優しさ」、「家族や市民を守る」という母性的な「護る力」をうまく表現する力量を備えています。

父母性のバランスが良い炭治郎を中心に、父母性のバランスをテーマにした本作を構築できるのは、自分の中に安定した「父性」と「母性」を持っていなければ無理だと思います。

父性消滅に対抗する刃

このように、『鬼滅の刃』では「父性」のテーマを前面に出しつつも、「母性」のテーマがしっかりと描かれます。「父性」と「母性」のバランスこそが人を育て、人を伸ばす。「強さ」と「優しさ」の両方があって初めて、人として輝くことができる。そんな素晴らしいメッセージを放っていると思います。

父性と母性を、炭治郎や鱗滝(うろこだき)、鬼と「鬼になる前の人間」のように一人の人物の中に一緒に描いたり、あるいは錆兎(さびと)と真菰(まこも)のように別な人物に分担させることによって、多様性のある魅力的なキャラクターがたくさん生み出されているのです。

「男性」が見ても、「女性」が見ても、「子供」から「大人」まで万人が見ておもしろく、そして「炭治郎」に感情移入し、「個性的な脇役」に自分のお気に入りを見出すことができる。「父性」と「母性」のテーマをバランスよく描いている。それこそが、私は『鬼滅の刃』が大ヒットしている心理学的理由だと考えます。

『鬼滅の刃』というタイトル。「鬼」は「Very Bad Father」(強すぎる父性)の象徴。つまり「父性消滅に対抗する刃」と理解できます。父性消滅の危機に瀕する昨今、父性を強めつつ、さらに母性も大切にしていく。本作には究極の対処法が示されていたのです。

『天気の子』『万引き家族』とも共通するテーマ

天気の子』『万引き家族』『鬼滅の刃』。2010年代後半を代表する三つの作品には、親、大人、他人、ヒーローなどはもはや当てにならない、「自分が父性を発揮し、自分で状況を覆すしかない!」という全く共通の父性テーマがありました。これがたまたまの偶然であるはずはなく、間違いなく必然なのです。現実の父性不在を嘆いたクリエイターたちの共通の結論。自分で父性を発揮して突破せよ! その一点です。

樺沢紫苑『父滅の刃 消えた父親はどこへ』(みらいパブリッシング)

樺沢紫苑『父滅の刃 消えた父親はどこへ』(みらいパブリッシング)

コロナ危機で多くの人は感じたはずです。政府も、地方自治体も、WHOも全く当てにならない。科学者は人によって言うことが違うし、何を信じていいのかわからない。マスコミなどは、危機を煽るだけのむしろマイナスの存在。

国家も巨大な組織も、何もかも当てにならない。ではどうするのか? 自分の健康は自分で守るしかない。自分で情報を集め、何が正しいかを自分で判断するしかない。そして、自分で決断し、自分で行動するしかない。

日本でコロナの死亡者が少なかったのは、医療崩壊を防いだ医療従事者のおかげ。閉店の危機に瀕しても、休業を続けた店主や経営者の協力。外出自粛をしっかりと遵守した国民一人ひとり、日本人一人ひとりの努力と踏ん張りで、コロナ危機を乗り越えた。これが今の時代なのです。

自分で決断し、自分で行動し、自分で道を切り開いて生きていく。そんな生き方が要求される時代。多くの映画やアニメは、私たちに危機を乗り越えるヒントを与えてくれている。それをしっかりと受け取り、今日を生きる勇気にしたいです。

樺沢 紫苑(かばさわ・しおん)
精神科医
作家。米・イリノイ大学への留学を経て樺沢心理学研究所を設立。YouTubeやメルマガで精神医学の情報を発信。著書に『学びを結果に変えるアウトプット大全』『精神科医が教える ストレスフリー超大全』ほか。

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