なぜ今? ホンダがこのタイミングで、クラリティPHEVを発売したワケ

もくじ

「クラリティ」の歴史
第2世代「クラリティ」は最初から3兄弟
ホンダの次世代電動化戦略のイメージリーダー

「クラリティ」の歴史

ホンダは7月、「クラリティPHEV」を日本で発売した。

「クラリティ」と聞けば、多くの人が燃料電池車をイメージするはず。PHEV化して登場したことに少々違和感があるのではないだろうか?

時計の針を少し戻すと、いまから11年前の2007年11月の米ロサンゼルスモーターショーで、ホンダは「FCXクラリティ」をワールドプレミアした。

その発表現場で、ホンダの技術者らは自社の燃料電池車が他社に比べていかに優れているかを熱弁した。ホンダがVフローと呼ぶ燃料電池スタックの設計手法について、彼らは自信満々の様子だった。

福井威夫社長(当時)は「ホンダは一般的なEVを作る計画はない。(自車で発電する)燃料電池車はホンダにとって唯一の電気自動車」と説明し、広報資料でも燃料電池電気自動車という言葉を使った。

そもそも「FCXクラリティ」は、米カリフォルニア州環境局が定めるゼロエミッションヴィークル規制法(NEV法)に対応することが最大の目的だった。だが、リース販売数は当初の予定数に届かず、ホンダはZEV法への対応でテスラからEVクレジットと呼ばれる販売実績の権利を購入することになる。

また、2011年には米国向けに「フィットEV」を発売するが、ロサンゼルスショーでの発表現場で伊東孝紳社長(当時)は、「あくまでも、ZEV法ありきのクルマ」という言葉を残すと共に、アメリカを含めて世界市場で燃料電池車の普及が進まず、「FCXクラリティ」が不遇に終わったことを悔いた。

第2世代「クラリティ」は最初から3兄弟

こうした初代「クラリティ」での学習を踏まえて、ホンダは2016年に第2世代「クラリティ」を市場導入した。

このタイミングは、2015年末にトヨタが「ミライ」を発売したことに深く関係する。日本政府としてもミライ登場をきっかけとして、自動車産業のみならず、住宅分野や工業分野を含めた「水素社会の実現」を強調した。ホンダとしては、そうした国の方針の中で、燃料電池車の量産化に再挑戦することを決めたのだ。

ただし、第2世代「クラリティ」は初代のように燃料電池車のみでの商品設定を避けた。

そのために、燃料電池スタックを初代「クラリティ」に比べて大幅に小型化し、車体の前方に配置することで、他のパワートレイン搭載のための相互補完性を確保したのだ。

その結果、燃料電池車の「クラリティ・フューエルセル」、EVの「クラリティ・エレクトリック」、そして「クラリティPHEV」の3兄弟を設定した。「クラリティ・エレクトリックEV」については、米ZEV法を念頭にアメリカ向けのみの発売としている。

筆者は、この3兄弟を昨年、栃木県の本田技術研究所で比較試乗した。ハンドリングについては、車体の前部の重量が軽い「クラリティ・エレクトリック」が最も優れていた印象がある。

ホンダの次世代電動化戦略のイメージリーダー

そして今回発売された「クラリティPHEV」。

国内市場を見渡すと、プラグインハイブリッド車は、トヨタ「プリウスPHV」と三菱「アウトランダーPHEV」が主役であり、輸入車ではBMW、メルセデス、ポルシェ、ボルボなどがセダンからSUVまでPHEVのフルラインナップ化を進めている。

こうした国内市場でのハイブリッド車の高価格化の流れの中で、国内乗用車で半数以上をハイブリッド化したホンダにとって「全ハイブリッドモデルのPHEV移行のためのリーダー役」が必要となっていた。

一方で世界市場を考えると、米国のZEV法対応、中国のニューエネルギー車(NEV)に関する規制、そして今後さらに厳しさを増す欧州CO2規制への対応として、プラグインハイブリッド車の市場導入は必須であった。

さらに、世界的に広がるEVブームも「クラリティPHEV」の発売を後押ししたと言える。

第2世代「クラリティ」の中で最も多くの販売数を期待される「クラリティPHEV」。日本での販売動向に注目が集まっている。

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